教育とICT(一日の終わりに)
人はみな幼い頃より親や先生から教育を受けています。
大人になってからは後輩の教育にあたります。
親になってからは子どもの教育にあたります。
誰もが教育を受け、教育にあたっているわけです。
それ故、自分の経験した教育がすべてであると錯覚してしまいがちです。
また、自分は教育について語ることができると思い込んでしまいがちです。
今までの自分の経験と勘だけで批判している人がどれだけ多いことでしょう。
自分がかつて大学生を指導したとき
学生が自信ありげにICTを批判する場面に多く出会いました。
しかし、現場のすぐれた実践に触れたとき、その論理は簡単に崩れていきました。
ICTを操る教師の専門性にただただ感銘を受けていたのです。
ICTは教師の指導力を拡大する可能性を無限に秘めている道具なのです。
実際の実践に触れ、
この1,2年、市内の先生方が新しいことに挑戦するにあたって本当に努力していることを知り、
そして他市の取り組みと比較してくださったら、
今日のような推進室に寄せられたICTに関する見解は、違うものになっていたことと思われます。
いつの日にか、理解されるよう、推進室も努力をすべきと実感しました。
ふと窓を見ると夕暮れの富士山が見えました。
「謙虚な心にしか真実は見えない」ことを語っているかのようでした。