学校の様子

学校の様子

ミニトマトパーティー(2年)

一人一鉢ずつ育てているミニトマトを使って

今日はミニトマトパーティーです。




餃子の皮の中には、ミニトマトと溶けるシュレッドチーズが入っていまs。

「もうすぐできるかなあ…。」




出来上がった餃子はそれぞれ味見。

おいしいね。




このほか、包まずに焼くミニピザも作りました。



おいしかったね。

日野食べるべからず その3

とうもろこし畑に穂が揺れて、夏だなぁと感じる景色を見せてくれるのがトウモロコシ。

夏はゆでたトウモロコシに塩を振って、おやつに食べる人もいるでしょうか。

日野の一部の一族にはこんな習慣があるのだそうです。

日野食べるべからず その2

昨日に続き、大成先生の出された「理科室の窓」より…

夏においしいきゅうり。

体の熱を冷ます働きがあって、これからの季節、食べるのをおすすめする夏野菜の代表選手のひとつです。

日野の一部の地域ではこんな習慣があったそうです。

日野食べるべからず その1

平成20年、当時理科専科だった大成先生(現在も理科の授業でお世話になっていますね)が出されていた「理科室の窓」というおたよりからです。

土用の丑の日、うなぎを食べる習慣が広く根付いています。

今年は土用の丑の日が2回あって、7月24日と8月5日だそうですね。

日野の一部の地域では、次のような伝承があるそうです。

児童集会(7月13日)

先週とはうってかわってこの夏空。

朝から梅雨が明けたと思わせるような気温です。




今日の朝会では、副校長先生からお話がありました。



副校長先生のお話

今日は、日野第八小学校のこの地域で活躍された絵描きさんの話をします。
小島善太郎さんといいます。小島さんはもう、亡くなっているのですが、百草の丘の上に、今でもおうちが残っています。
川崎街道から急な坂を、百草方面に登っていくと、京王百草園と八幡神社がありますが、底から少し進んだ下り坂、それを少し下ったところに、小島善太郎さんのお家があります。


小島善太郎さんは明治25年、新宿に生まれました。30歳でフランスのパリに留学し、39歳で仲間と一緒に「独立美術協会」というグループを創りました。78歳で、多摩丘陵の山々が見渡せる百草の丘の家に絵を描く仕事部屋を作りました。
小島さんは、昭和59年91歳でなくなるまで、ここで四季の風景を描いたり百草園の梅の花を描いたりしていたのです。




実は小島さんは、今の季節に果物屋さんに並んでいるある果物を描くのが大好きでした。桃の絵です。
「あのやわらかい質感と、微妙で豊かな色が私を夢中にさせて、もっとおいしそうに描きたい、ジューシーに描きたい、と寝ている間も考え、朝になるのが待ちきれなかった」とおっしゃっています。
そんな桃の絵の、貴重な1枚が実は日野第八小学校の校長室になるのです。
昭和52年3月、地域の小学校である八小に「ぜひ飾ってください。」ということで寄贈してくださったのです。
今度校長室に来ることがあったらぜひ、桃の絵を見てください。


百草の山の上にある小島善太郎さんの家は、現在は小島善太郎記念館として一般開放しています。土日、祝日だけ入ることができます。午前10時から午後4時まで入れますので、機会があったら、ぜひおうちの人と一緒にいってみてください。