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2024年3月の記事一覧
東西潤徳小学校コラボレーション〜池部校長先生お別れあいさつ編〜
今朝は、今年度最後の全校朝会がリモートで行われました。
最初に短歌と市の科学展で入選した6年生の児童の表彰を行いました。
続いて、校長からの話です。
3/7の6年生を送る会を振り返り、全校で協力して、素晴らしい会にすることができたと話しました。
また、「潤屋敷」、「ミニチュアクラブ展示」、「ダンスクラブ、音楽クラブ発表」、「1年生と年長児の交流会」などを例に、自分たちで考えて、潤徳小学校をよくしていこうという取組がたくさん増えてきていることを紹介しました。
こうした取組が「子供たちがつくる学校プロジェクト」につながっているので、これからも、自分たちで潤徳小学校をよくするためにはどうすればよいか考えて、どんどん挑戦していこうという話をしました。
後半は、「東西コラボ」です。
山都・潤徳小との交流が最後を迎えているということをあらためて話しました。
閉校記念式典でいただいた「友情の旗」、これからも日野・潤徳小で大切にしていくと話しました。
ここで、山都・潤徳小の池部校長先生から「お別れのあいさつ」をいただきました。
ところが、うまく、音声が入りません。
ここまで、数えきれないくらいオンラインで交流してきましたが、最後まで機器トラブルがつきまといます。
そこで、スマホで話していただき、その音声をスピーカーで流すというアナログ方式に切り替えました。
池部校長先生からは「潤徳小学校は永遠に不滅です!」という言葉をいただきました。
大変重い言葉です。
最後は、池部校長先生と画面越しにさようならです。
腕を大きく振って、全身でお別れをしている様子が画面に映っています。
池部校長先生も複雑な思いでご覧になっていたことと思います。
ただし、今日で「東西コラボ」は終了するわけではなく、「グランドフィナーレ編」として、閉校まで続けていきたいと考えています。【校長】
(山都側から見た様子は、こちら)
東日本大震災から13年
3/5の今年度最後の避難訓練のときのことです。(詳しくは、こちら)
校長からの講評で次のような話をしました。
校長「今から13年前の3月11日に東日本大震災が発生しました。6年生は12歳ですから、生まれる前のことです。・・・」
話しながら、いよいよ東日本大震災を知らない年代が小学生全員になっていることに気付かされます。
あの日、あの時に起こったことは、命を守るうえでも、「知らない年代」にも語りついでいかなければなりません。
学校を含む官公庁には、3月11日を迎えるにあたって、半旗掲揚と地震発生時の14:46における黙祷の要請が来ています。
そこで、本校では、今朝から半旗を掲揚し、震災で亡くなられた方々への弔意を表しました。
また、14:46に黙祷を捧げることになっていますが、先述のとおり、子供たちは、震災の実体験がないため、単に黙祷をしてもその意味が分からないままであることが心配です。
6年生は、先週、「災害体験者から学ぶ教室」を開催し、東日本大震災について知り、被災者の思いについて考える機会を設けていますが(詳しくは、こちら)、5年生以下は、その意識がまだ足りないように感じます。
今日は、14:46にあたる時刻には、5・6年生による委員会活動が行われ、いつもであれば、活動場所もばらばらになっています。
そこで、今日は、その時刻までは、集合場所にあたる教室に待機し、黙祷を行ってから通常の活動を行うことにしました。
被災者の方々の思いを伝えるためにも、今回は、実際に「令和5年度 東日本大震災追悼復興祈念式(福島県主催)」の映像をライブで見ながら、被災者の方々と一緒に黙祷するように計画しました。
委員会活動の時間が始まると、多くの教室では、すでにモニターに追悼式の様子が映し出されていました。
今日は、今年度の最後の委員会活動の日です。これまでの活動の振り返りをしながら、14:46を待ちます。
しかし、岸田首相をはじめ、参列されている方々の沈痛な表情が映し出されると、子供たちも自然にモニターに注目していました。
モニターから流れる14:46の時報に合わせ、校内の5・6年生、教職員が1分間の黙祷を捧げました。
校内は、静寂に包まれました。
追悼式の厳粛な雰囲気を見て、子供たちも一切の私語もなく、真剣に黙祷を行っていました。
終了後は、通常の委員会活動に戻り、年間の活動のまとめなどを行いました。
あらためて、東日本大震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表すとともに、被災された地域の一層の復興をご祈念申し上げます。【校長】
【子供たちがつくる学校プロジェクト】おにいさん、おねえさんデビュー!1
4月からは2年生に進級する1年生たち。
2年生になると新しい1年生の直近の「おにいさん、おねえさん」として、いろいろなお世話をする役割が始まります。
その第1歩として、入学前ですが、本校の近隣の4つの保育園の年長児に来てもらい、「小学校体験」をしてもらうことで、「お世話デビュー」をすることになりました。
今日の2時間目に合わせて、「たかはた北保育園」「子どもの森あさかわ保育園」の年長児たちが来てくれました。
ちょっと声をかけてみます。
校長「私は誰でしょう?」
年長児A「(指さして)だぁれ?」
年長児B「園長先生!」
定番のこのやりとりを聞くと、春になったことを感じさせます(笑)
「たかはた北保育園」の園児たちは、1年3組の児童と交流です。
向かい合って、お互いにあいさつからスタートです。
とてもしっかりした園児たちです。
しっかり手をつないで、園児たちを席まで連れていきます。
「子どもの森あさかわ保育園」の年長児たちは、1年4組の児童と交流です。
学校の施設や1日の生活などについて1年生から紹介します。
園児たちもしっかり聞いています。
1年生A「校庭には大きなけやきの木があります。」
とても立派に発表しているので、近くにいた1年生たちに小声で話しかけます。
校長「けやきの木が『ウリー』のもとなんだよねぇ。」
1年生B「言っちゃダメ!これから、クイズになるんだから!!」
・・・ごめんなさい。
一方の1年3組では、1年生が国語の教科書を持って、「たぬきの糸車」の読み聞かせをしていました。
こちらも、年長児たちがしっかり聞いています。
とても立派です。
1年4組では、学校紹介の最後として、1年生が校歌を歌っていました。
年長児の先生方も目を細めて聞いていらっしゃいます。
校長「1年生の姿を見て、どうですか?」
年長児の先生「(卒園した)○○ちゃんが、こんなに立派になるなんて・・・。」
先生方にとっても、うれしいようです。
1年3組に戻ると、年長児たちがプリントに何か書いています。
「名前」と「線のおけいこ」のようです。
えんぴつの持ち方やひらがなの書き方を優しく教える1年生たち。
ところが、多くの年長児たちは、自分の名前をすらすらと書いています。
1年担任「え~、今年の年長さんたち、すご~い!」
合格のスタンプを押しながら声をかけていきます。
その後は、両学級とも「よつかど」や「進化じゃんけん」のゲームで仲良く1年生と年長児とで遊びました。
3組と4組の交流の内容はかなり違っていますが、これは、1年生たちの意見を反映させたものです。
1年生なりに、何を年長児に伝えたいのかということを考えて準備を進めてきました。
「子供たちがつくる学校プロジェクト」は1年生にも浸透してきています。
最後は名残り惜しいですが、お別れのあいさつです。
ぎりぎりまで手をつないで見送りをするなど、短い間でも仲良くなれたようです。
校長とも元気よく「さようなら」です。
両園とも、先週の土曜日に卒園式が終わったばかりですが、年長児からは早くも1年生になる自覚が感じられました。
頼もしい1年生がたくさん入ってくれるようで、入学式が楽しみです!
残りの2園との交流は、後日実施されます。【校長】
日野市市制60周年 開校150周年記念音楽クラブ発表会
今日の昼休みは、昨日のダンスクラブに続き、4~6年生の音楽クラブの児童による発表会が行われました。
今回も体育館には多くの児童、保護者等の皆様が集まりました。
音楽クラブリーダー「今日は、私たちの演奏を聞きに来てくれてありがとうございます。『マリーゴールド』を楽しみながら聞いてください!」
観客からの大きな拍手を受け、演奏スタートです。
特に4年生は、初めての発表会で緊張していたはずですが、指揮者の音楽専科のことをしっかり見て、集中して演奏していました。
今週の月曜日、今年度の最終回となるクラブ活動が行われた際、校長も少し様子を見ていたのですが、そのときは、音楽専科から「ダメ出し」をされることもあり、発表会まで残りわずかなのに大丈夫なのかと心配しましたが、さすがに本番は心を一つにして、素晴らしい演奏をすることができました。
途中からは、校長も気分がよくなって、マイクを使って「♪麦わらの~帽子の君が・・・」と一緒に歌ってコラボしようかとも一瞬考えましたが、雰囲気をぶち壊しにしそうなので思いとどまりました(苦笑)
演奏後は、たくさんの拍手に包まれ、音楽クラブの子供たちもとてもうれしそうでした。
お集まりいただいた保護者等の皆様、どうもありがとうございました。
ダンスクラブと同様、本校の保護者等の皆様には動画を限定公開していますので、ぜひ、素晴らしい演奏をお聞きください。【校長】
災害体験者から学ぶ教室
本日(3月8日)、6年生を対象として「災害体験者から学ぶ教室」を開催しました。発生からまもなく13年となる東日本大震災。子供たちは、その震災で被災された2人の話を動画で視聴しました。
当時、福島県富岡町の小学校5年生だった男性は、体育館で卒業式の準備をしているときに、地震にあいました。男性は、先生の指示に従ってパイプ椅子の下に頭をかくしました。しかし、逃げ出してしまう友達や泣き出してしまう子もいたそうです。男性は、避難訓練を通じて、自分の命を守ることが家族や友達を守ることにつながると語っていました。
当時、岩手県釜石市の中学校3年生で卒業式を2日後に控えた女性は、校庭にいました。避難しても津波が迫ってきたので、より安全な高台へと移動を繰り返したそうです。大切な人に生きる力をもって欲しいと願い「語り部」になりました。震災伝承を通して、一日一日を丁寧に、大事に生きることの大切さを伝えています。
東日本大震災は、6年生が生まれる前に発生した震災です。子供たちは、「語り部」の話を真剣なまなざしで聴いていました。動画視聴後、子供たちは災害や避難訓練について考えを深めました。
(2016年4月から2018年3月まで)